大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所越谷支部 昭和50年(ワ)193号 判決

原告

渋谷輝子

ほか二名

被告

堀川産業株式会社

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  (当事者双方の求める裁判)

(一)  原告ら

1  被告は原告渋谷輝子に対し金一、五〇〇、〇〇〇円、原告渋谷仁美、同渋谷明美に対し各金一、七五〇、〇〇〇円、及びこれらに対する昭和五〇年一二月二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とするとの判決

3  仮執行の宣言

(二)  被告

主文同旨の判決

二  (原告らの請求原因)

(一)  原告らの身分関係

原告渋谷輝子は、本件交通事故の被害者である亡渋谷富司の妻、原告渋谷仁美、同渋谷明美は、その子である。

(二)  本件事故の発生

亡渋谷富司は、昭和四九年一一月二日午前六時五八分頃、普通乗用自動車埼五五み六四二三号を運転中、埼玉県越谷市越ケ谷二丁目二番三〇号先路上において、訴外白石忠男運転の中型二トン車埼四四も四四五二号と衝突し、約一二分後に死亡した。

(三)  責任原因

被告は、右加害車両の所有者で加害者白石忠男は使用人であり、加害車両を自己のため運行の用に供したものであるから、右事故に基づく損害を賠償する義務がある。

(四)  損害

1  得べかりし利益の喪失

(1) 賞与を含む給与

亡渋谷富司は、事故当時満四七歳であり、小学校校長職にあつて、事故当時一か月金二一八、〇六六円の給与を取得でき、かつ年間賞与は給料一か月分金一八〇、九〇〇円の四倍相当額を取得でき、右賞与は年二回にわけ毎年六月と一二月に各二か月分金三六一、八〇〇円づつ支払われたから、昭和四九年度(同年一一月分、一二月分、及び下期賞与)の得べかりし給与額は賞与を含めて、次の計算で別表一記載のとおり金七九七、九三二円となる。

1か月給与額 218,066円×2か月分=436,132円

賞与1か月給料 180,900×2か月分=361,800円

合計 797,932円

次に、亡渋谷富司は、事故当時の給与関係諸規定により、別表のとおり、一年に一回以上昇給し、満六〇歳に達するまで毎年別表「年度別給与額欄」記載のとおり、給与額(賞与を含む)を取得でき、一方別表のとおり各年度の生活費は、各年収の三五パーセントとして、別表「生活費三五パーセントを控除後の得べかりし利益欄」記載のとおりで、その現価を求めると、別表「中間利息控除後の現在の名義額(請求額)欄」記載のとおり、給与についての得べかりし利益の請求現価は、金三〇、〇九二、四七八円となる。

(2) 退職手当

亡渋谷富司は、本件事故がなければ、「学校関係職員退職勧奨実施要綱」に従い、満六〇歳に達したとき、勧奨退職した場合、「職員の退職手当に関する条例」に基づき、退職手当を給与月額に勤続年数毎に定められた所定割合を乗じて支給されるので、同人が満六〇歳で退職する場合、勤続年数三五年以上となるから、所定割合は六九・三となり、一方勧奨退職による昇給の結果、一等級特一号給となり、月額金三一六、九六八円を取得でき、退職手当額は、次の計算により金二一、九六五、八八二円となる。

給与月額316,968円×所定割合69.3=21,965,882円

結局渋谷富司は満六〇歳に達した一三年後には、右金員の支給を得たから、中間利息を控除すると、次の計算により、金一三、三一一、二二三円となるところ、本件事故による死亡退職の結果金一〇、八四七、五二〇円が原告らに支払われ、相続分三分の一に従つて受領したから、これを差引くと金二、四六三、七〇三円が得べかりし退職手当額となる。

21,965,882円×13年のホフマン係数0.6060=13,311,223円

13,311,223円-10,847,520円=2,463,703円

(3) 退職年金

亡渋谷富司は、本件事故がなければ、満六〇歳に達したとき、校長職を退職するが、同人死亡まで毎年退職年金の支給を受けることになり、同人の取得可能期間は少くとも満六〇歳から六七歳まで七年間であり、その年額は金二、一五二、九五九円であるから、その現価を求めると、次の計算により金五、〇三四、四八五円となる。

1 推定死亡時67歳まで20年の係数 13.6140

2  60歳以降取得する13年の係数 9.3935

3  差引き 3.0687

4  2,152,959円×3.0687=6,606,803円

5  13年間の掛金 1,572,318円

6  6,606,803円-1,572,318円=5,034,485円

(4) 合計額

亡渋谷富司の右(1)ないし(3)の得べかりし利益の合計額は、金三七、五九〇、六六六円となるが、原告らは相続人として三分の一づつ各金一二、五三〇、二二二円の損害賠償金を取得した。

2 その他の損害

(一) 原告渋谷輝子は、葬式費用として、

(1) 石塔墓石代 金二、一〇〇、〇〇〇円

(2) 仏壇仏具一式 金七二七、三九〇円

(3) 祭壇、火葬、回向に要した費用金三八三、五〇〇円

(4) 経料改名代合計金四七〇、〇〇〇円(内訳、通夜金三〇、〇〇〇円、告別式金二〇〇、〇〇〇円、初七日と四九日各金二〇、〇〇〇円、改名代金二〇〇、〇〇〇円)

(5) 席料金二〇〇、〇〇〇円(初七日と四九日各金一〇〇、〇〇〇円)

(6) 手伝手当少くとも金五〇、〇〇〇円

(7) 御供物、来客接待費、雑費(通夜、初七日、四九日を含む)金二八三、四〇〇円(内訳、料理金一〇六、二〇〇円、寿司類金一〇九、五〇〇円、ケーキ菓子類金二〇、〇五〇円、野菜佃煮等金一五、四三〇円、飲物タバコつまみ類金三二、二二〇円)

以上合計金四、〇三四、二九〇円の損害を被つた。

(二) 病院経費 金二七、〇〇〇円

(三) 以上(一)(二)の合計金四、〇六一、二九〇円は、原告らは相続人として三分の一づつ各金一、三五三、七六三円の損害賠償を請求する。

3 慰謝料

亡渋谷富司は、原告ら一家の支柱であつた者で、原告らは本件事故で夫または父を失ない、その精神的苦痛ははかり知れないものであるから、慰謝料は、遺族全体で金八、〇〇〇、〇〇〇円が相当であり、原告らは各金二、六六六、六六六円づつ請求する。

4 弁済

以上合計各金一六、五五〇、六五一円となるが、被告会社は原告らに対し見舞金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、強制賠償責任保険金七、〇〇〇、〇〇〇円が支払われたから、原告らの損害賠償の内入受領金は各金二、三三三、三二四円となるから差引くと原告らは残損害賠償金一四、二一七、三一七円となる。

5  よつて、原告らは前記残損害賠償金一四、二一七、三一七円について、内金請求として、原告渋谷輝子について金一、五〇〇、〇〇〇円、原告渋谷仁美、同渋谷明美について各金一、七五〇、〇〇〇円、及びこれに対する本訴状送達日の翌日である昭和五〇年一二月二日から右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだものである。

三  (被告の答弁及び主張)

(一)  原告ら主張の請求原因事実中、原告ら主張の日時に、本件衝突事故が発生したこと、被告が訴外白石忠男の運転車両の運行供用者であること、及び被告が原告らに対し金一、〇〇〇、〇〇〇円を任意弁済し、また自賠責保険から金七、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償が支払われたことは、夫々認めるが、その余の事実はすべて争う。

(二)  免責の主張

本件事故現場は、越谷駅前通りであり、交通量の多いところであるから、交通整理のため信号機が設置され、あくまでも信号機優先でなければならない。本件事故は右信号機により交通整理の行われている左右道路の見通しの悪い十字路交差点内における出会頭の事故であるが、事故原因は、亡渋谷富司が対面信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、赤色信号を無視して、制限速度時速三〇粁のところ、約五〇粁超えた時速約八〇粁で、左右道路の交通の安全を確認しないで、同交差点に進入して通り抜けようとした重大な一方的過失により衝突したのである。訴外白石忠男の運転車両は、対面信号機が青色を表示しているのを確認して交差点に入つたのであるから、道路交通法第四二条第一号括弧書により徐行義務はなかつたし、また高速度で走行していたわけでもないので、特に減速すべき義務もなく、かつ左右道路の安全を確認しており、亡渋谷富司の車両が、前記猛スピードで信号を無視して進入してくるのを発見するや、直ちに急ブレーキを掛け、右転把して衝突の回避措置をとつたが、訴外白石忠男が時速三〇粁で本件交差点に入つても、本件事故を回避すみことは不可能であり、同訴外人には運転上何らの過失がない。亡渋谷富司が時速約八〇粁で進入したことは、本件交差点隅の鉄柱に衝突し鉄柱をくの字に押し曲げている事実からも認められ、警察では、亡渋谷富司を業務上過失傷害罪で立件捜査し、訴外白石忠男は被害者として取扱かわれ、嫌疑なきものとして不起訴処分とされ、事故責任は一〇〇パーセント亡渋谷富司にある。その他訴外白石忠男運転車両には構造上の欠陥または機能の障害はなかつたので、被告は自賠法第三条但書により免責されるものである。

(三)  過失相殺の主張

仮に、右免責の主張が認められず、被告側に何らかの過失があるとしても、亡渋谷富司の過失は、はるかに大きく、本件事故の発生に大きく寄与しているので、損害賠償額の算定にあたつては、亡渋谷富司の過失を十分斟酌すべく、その結果原告らが損害填補として受領した金八、〇〇〇、〇〇〇円は過払となるので、原告らの本訴請求は失当である。

(四)  得べかりし利益について

1  賞与を含む給料

(1) 亡渋谷富司の本件事故直前の昭和四九年九月分、及び一〇月分の給与支給総額は、各金二一八、〇六六円(内訳給料金一八〇、九〇〇円、その他教職調整額、扶養手当、調整手当、管理職手当、通勤手当の課税分、非課税分を含む)であるから、昭和四九年一一月分以降六〇歳まで給与一か月金二一八、〇六六円の支給を受けたものとすべきである。

亡渋谷富司の年間賞与が給料一か月分金一八〇、九〇〇円の四倍相当額であることは争う。同訴外人の職員別給与簿によると年間賞与は給料一か月分の四倍に満たない。

(2) 亡渋谷富司の就労可能年数は、事故当時四七・四二歳であるから満六〇歳まで一二・五八年であり、かつ県下小学校校長の勧奨退職年齢は六〇歳と定められているので、右勧奨退職者は毎年五〇名を越える多人数であり、昭和五〇年度末の例でも五三名である。このほか県下高校、中学校、養護学校の校長、副校長、教頭等多数が毎年勧奨退職しているので、教育長、その他教育委員会の役職についたり、幼稚園長になるのは恵まれた極く僅かの人達であり、残りの大多数は右役職に就くことはできない。右退職時六〇歳である老齢者の再就職は現在の雇傭情勢から不可能であり、再就職の蓋然性は極めて少ない。

(3) 亡渋谷富司の生活費として、同人が小学校校長の職にあつたこと、その社会的地位、交際関係、毎月管理職手当を金二二、〇五六円受領していたこと、同人方の家族の年齢等を考慮して、同人の生活費として四〇パーセントを控除するのが相当であるから、同人の昭和四九年度(同年一一月分、一二月分、及び下期賞与)の得べかりし給与額金七九七、九三二円から、これを控除すべきである。

仮にそうでないとしても、同人の事故当時、原告渋谷明美は満一五歳の未成年者として、養育費等の支出があり、亡渋谷富司の生活費が収入の三五パーセント程度であるとしても、原告渋谷明美が五年後二〇歳の成人に達する亡渋谷富司の五二・四二歳から六〇歳までの生活費は、収入の四〇パーセント程度とみるのが相当である。

(4) 原告らは、亡渋谷富司の逸失利益を計算するにあたり、給与表に則り、毎年一回昇給するものと仮定して計算しており、同人の逸失利益の推定としては、原告らに有利な計算をしているので、損害賠償における衡平の原則に従い、中間利息控除による現価計算方式においては、ホフマン方式でなく、ライプニツツ方式を採用して、当事者間の衡平を期すべきである。

2  退職手当

原告らは、亡渋谷富司は死亡により一等級二一号給金二二三、二〇〇円に昇給した旨主張するが否認する。右昇給辞令はなく、仮にあつても、亡渋谷富司が本件事故で死亡したための特別昇給にすぎず、通常の昇給ではなく、本件事故死亡による特別昇給を逸失利益算定の基礎給与とすべきではない。

亡渋谷富司の勧奨退職時における退職手当を計算するとしても、中間利息をホフマン方式でなく、ライプニツツ方式で控除し、かつ生活費として四〇パーセントを控除すべく、そうすると、退職手当について逸失利益は存しない。

3  退職年金

亡渋谷富司の得べかりし退職年金の現価計算にあたつては、ホフマン方式でなく、ライプニツツ方式で中間利息を控除すべく、また退職年金について生活費四〇パーセントを控除し、地方公務員共済長期掛金総額を控除し、かつ原告渋谷輝子の受給した遺族年金額を控除すべきで、そうすると、退職年金について逸失利益は存しない。

地方公務員等共済組合法第七八条第一項には、退職年金の受給権者が死亡するまで退職年金を支給する旨規定しているので、受給権者が死亡したときは、その権利は消滅する。従つて右受給権は、民法第八九条但書の「被相続人の一身に属したもの」に該当し、相続の対象となりえない権利と解するのが相当である。すると、原告らの相続を前提とする右受給権及び退職年金の逸失利益についての主張は、全く理由がない。

退職年金は労働の対価としての性格を有するものではなく、受給権者の存在自体に対し支給されるものである。逸失利益は労働能力の喪失に対する金銭的評価であるから、労働能力の喪失と無関係な受給権者死亡による退職年金受給分の喪失には、逸失利益を認めることはできない。

(五)  葬式費用

亡渋谷富司の葬式費用は金五〇〇、〇〇〇円の限度で、本件事故と相当因果関係があるにすぎない。石塔墓石仏具一式は同訴外人だけのために使用されるものでなく、将来原告ら及びその子孫等、いわゆる渋谷家累代のために使用されるものであるから、被告において、右購入代金全額を負担すべきいわれはない。その他経料、改名代、来客接待費等は、同訴外人の生前の身分地位からみて、不相応に多額であり、右不相応分については本件事故と相当因果関係がない。原告らは香典金一、二九七、〇〇〇円を受領しているので、損益相殺により同金額を控除すべきである。

四  (原告の再答弁)

(一)  被告主張の答弁事実中、本件事故が十字路交差点内における出会頭の事故であること、及び訴外白石忠男が青色信号に従つて進入したこと、及び制限速度が時速三〇粁であつたことは認めるが、その余の事実はすべて争う。

(二)  被告主張の免責の抗弁及び過失相殺の抗弁を否認する。すなわち、亡渋谷富司は信号無視ではない。同人は小学校校長であり、日頃交通事故には注意を払つており、事故当日も子供を越谷駅まで車で送り届け、子供と別れるときも車に注意するよういつている。訴外白石忠男は交差点の信号が青であるのに乗じて、制限速度を二〇粁超える時速最低五〇粁以上のスピードで左右の確認ができない道路状況を減速することなく通過しようとした過失があり、制限速度内で進行し左右の安全を確認していれば、亡渋谷富司の車両を早く発見し適切な措置が講じられた。訴外白石忠男は青色信号に従つて交差点に入つたとしても、徐行義務があり、信号の推移を考えないで突き走つたもので、同訴外人が減速義務を守つていれば死亡事故は避けられたから、右スピード違反が事故を大きくした。また鉄柱がくの字に曲つたのは、訴外白石忠男の時速五〇粁以上の高速を裏付けるものであつて、亡渋谷富司が時速八〇粁であるとの被告の主張は理由がない。従つて、亡渋谷富司の過失を前提としても、被告所有車両にも過失が存在する。

五  (立証)〔略〕

理由

一  成立に争いがない甲第二号証、及び証人渋谷義男の証言、並びに原告渋谷輝子本人の供述の結果によると、原告渋谷輝子は、本件交通事故の被害者である亡渋谷富司の妻であり、原告渋谷仁美、同渋谷明美は、その子であることが認められ、これに反する証拠は存在しない。

二  原告ら主張の請求原因事実中、原告ら主張の日時に、本件事故が発生したこと、被告が加害車両を自己のため運行の用に供したものであることは、当事者間に争いがない。

三  本件事故原因、及び被告の免責の主張について、判断する。

(1)  被告主張の答弁事実中、本件事故が十字路交差点内における出合い頭の事故であること、及び訴外白石忠男が青色信号に従つて進入したこと、並びに本件交差点の制限速度が時速三〇粁であつたことは当事者間に争いがない。

(2)  成立に争いがない甲第一号証、乙第一号証、第二号証、第三号証の一ないし二一、第四号証、第五号証の一ないし一二、第九号証、第一〇号証、及び証人藤田秀明、同内田みよ、同白石忠男、同渋谷義男の各証言、並びに原告渋谷輝子本人の供述の結果を総合すると、本件事故は信号機により交通整理の行われている左右道路の見通しの悪い十字路交差点内における車両同志の出合い頭の事故であるところ、およそ、信号機の付設されている交差点においては、信号を重視すべきで被告の使用人である訴外白石忠男は、進行道路の対面信号が青色を表示していたので、優先して進行しうることは明らかであり、この意味において、被害者である亡渋谷富司が自己の対面信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、赤色信号を無視して交差点を通過しようとしたのであるから、重大な過失があつたことは否定し難いところである。

しかしながら、訴外白石忠男としては、本件において、両車両が交差して本件交差点に差掛つた場合であり、前示左右道路の見通しの悪い十字路であるから、右交通規制に反して進行してくる車両が絶対にないとは断言できず、人の生命身体の安全確保の見地から、少くとも、道路交通法第四二条の一般徐行義務が解除されるのでなく、訴外白石忠男としても、左右道路の交通の安全を確認したうえ、制限速度以内で徐行しなければならない業務上の注意義務があるところ、同訴外人はこれを怠り、慢然と制限速度三〇粁を超えて時速四〇粁未満の同一速度のままで進行して対面信号機が青色を表示しているのを確認して交差点に入る直前約一八・三米左斜め先に亡渋谷富司の車両を発見し急ブレーキをかけたが及ばず、亡渋谷富司運転の進行車線内で、訴外白石忠男の車両前部バンバーを被害者亡渋谷富司の運転席後部の側面付近に衝突させ、亡渋谷富司の車両は松伏方面に跳ね飛ばされて進行して停止し、訴外白石忠男の車両は進行方面と逆方向に向いて停止するに至つたことが認められるから、訴外白石忠男としては、車両が直ちに停止することができるような速度で徐行したものとはいえず、同人にも過失が存在するから、被告の免責の主張はこれを採用するに由がない。

(3)  以上のごとく、本件事故は、亡渋谷富司の対面信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、赤色信号を無視して交差点を通過しようとした過失と、訴外白石忠男が本件交差点において徐行せず、左方道路より交差点に入つた亡渋谷富司の車両を認めながら、時速少くとも四〇粁未満で制限速度に違反して徐行せず交差点を通過しようとした過失とが競合して事故が発生したものと認めるべきであり、もとより訴外白石忠男の過失の程度、態様は、亡渋谷富司のそれに比較して軽いということも断言できるし、その故に両者の過失の差があることは明らかであつて、本件事故についての過失割合は亡渋谷富司の車両は九、訴外白石忠男の車両は一の割合であると判断するのが相当であると認められる。

四  すると、被告は自動車損害賠償保障法第三条に基づいて、本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

五  損害

(一)  亡渋谷富司の逸失利益

(1)  賞与を含む給与について

原告渋谷輝子本人の供述により真正に成立したものと認められる甲第三号証、第四号証、第一一号証、成立に争いがない甲第一二号証、第一三号証、乙第六号証、第七号証の一ないし四、第八号証、第一二号証、第一三号証、及び証人渋谷義男、同鈴木健二の各証言並びに原告渋谷輝子本人の供述の結果を総合すると、亡渋谷富司は、本件事故当時満四七歳で、草加市立川柳小学校校長職にあり、事故当時教育職給料表により一等級一九号給として、一か月の給与等支給総額金二一八、〇六六円を取得しており、かつ年間賞与は給料一か月分金一八〇、九〇〇円について、原告ら主張の請求のとおり少くとも四倍相当を取得できたところ、右賞与は年二回にわけ毎年六月と一二月に各二か月分金三六一、八〇〇円づつ支払われたから、昭和四九年度(同年一一月分、一二月分及び下期賞与)については、得べかりし給与額は賞与を含めて計算すると金七九七、九三二円であると認められる。

1か月給与額 218,066円×2か月分=436,132円

賞与1か月給料 180,900円×2か月分=361,800円

合計 797,932円

ところで、亡渋谷富司は、教職員として、給与取得者の将来の昇給について、給与関係諸規定により昇給基準が確立しているうえ、特に同人の経歴、及び同人が満四七歳で一家の支柱が死亡した場合として、昇給が相当の蓋然性をもつものと認められるから、別表のとおり順次年一回程度昇給し、満六〇歳に達するまで、毎年別表記載のとおりの給与及び賞与を取得して収入を得たことが認められ、かつ同人は世帯主が死亡した場合に該当し、同人の年齢、性別、職業、収入、家族構成等を総合して、同人が生存中支出を要する生活費は、右収入の三五パーセントと認められるから、右収入総額から生活費を差引いたうえ、年五分の割合による中間利息を年別ホフマン式方法により各控除すると、亡渋谷富司が将来得るべき収入の逸失利益の現価は、別表記載のとおり金三〇、〇九二、四七八円と算定される。

ところで、被告は中間利息の控除の計算方式として、ライプニツツ方式を採用すべきであることを主張するけれども、本件において、就労可能年数が比較的長期にわたるものでなく、右両計算方式は、結局具体的な事案について、被害者の逸失利益の適正な額を算出するための方式にすぎないので、一概にその一を採つて他を捨てるほどの合理性が、その一方にあるとも言い切れないのみならず、反面全体としての損害については、総体的な調整的機能により考慮することとして、合理的に定めることとし、本件においても、年別ホフマン方式によつて算出するのが相当であると認め、これによつて亡渋谷富司の逸失利益を算定することとする。

(2)  退職手当について

前顕各証拠によると、亡渋谷富司は、本件事故がなければ、「学校関係職員退職勧奨実施要綱」に従い、満六〇歳に達したときに、勧奨退職したことが推認できるから、「職員の退職手当に関する条例」により、退職手当として給与月額金三一六、九六八円づつ取得できるところ、退職一時金は本人及びその扶養する者のその後における適当な生活の維持を図るための生活保障のみならず損失補障の性格を有するものであるから、同人の生活費として、前同様の三五パーセントを控除すると、一か月金二〇六、〇三〇円を実質取得することになる。

316,968円×0.35=110,938円

316,968円-110,938円=206,030円

ところで、前示金二〇六、〇三〇円について、勤続年数毎に定められた所定の割合を乗じた額が支給されるので、同人が満六〇歳で退職した場合は勤続年数三五年以上となるから、その所定割合は六九・三となり、退職手当額は、次の計算により金一四、二七七、八七九円となる。

206,030円×69.3=14,277,879円

そして、亡渋谷富司は、満六〇歳に達した一三年後に右金員の支給を受けることになるから、前述と同様ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除すると、次の計算により金八、六五二、三九四円となる。

14,277,879円×13年後のホフマン係数0.6060=8,652,394円

しかるに、原告らは、本件事故により死亡退職の結果金一〇、八四七、五二〇円を受領しているから、同人の得べかりし退職手当額は過払となり、被告に対し、これを請求しうる金員は存在しないこととなる。

(3)  退職年金について

前顕各証拠によると、亡渋谷富司は、本件事故がなければ満六〇歳になつたとき、校長職を退職するが、同人死亡まで毎年退職年金の支給を受けることになり、同人の取得可能期間は少くとも満六〇歳から六七歳まで七年間であり、退職年金額は金二、一五二、九五九円であるところ、退職年金についても受給者の生存を前提として生活保障と損失補償の性格を有するものであるから、同人の生活費として、前同様の三五パーセントを控除すると、一か年金一、三九九、四二四円を実質取得することになる。

2,152,959円×0.35=753,535円

2,152,959円-753,535円=1,399,424円

そして、前述と同様ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除すると、次の計算により金三、七三八、三五六円となる。

1 67歳までの20年の係数 13.6160

2 60歳以降取得するから13年の係数 9.8211

3 差引 ホフマン係数 3.7949

4 1,399,424円×3.7949=5,310,674円

5 13年間の必要掛金 1,572,318円

6 5,310,674円-1,572,318円=3,738,356円

すると、原告らは、亡渋谷富司の退職年金として、前示金三、七三八、三五六円を相続分に従つて取得することになるところ、配偶者たる原告渋谷輝子は、既に遺族年金として金六九二、四〇〇円を受領しており、その他の立証は存在しないので、右遺族年金は地方公務員たる亡渋谷富司の得べかりし収入によつて受けることのできた利益と実質的に同質のものであるから、法律上受給権者である原告渋谷輝子の損害賠償債権からのみ控除する。従つて、亡渋谷富司が将来得べかりし退職年金は、右遺族年金受領額を差引いた残額金三、〇四五、九五六円であるというべきである。

なお、被告は、退職年金は、一身専属のものとして、受給権者の死亡により相続の対象とならず消滅する旨主張するけれども、退職年金の受給の蓋然性が相当程度ある本件においては、前示のとおり亡渋谷富司の逸失利益として認められ、これが相続されるものであるから、右被告の主張は採用するに由がない。

(二)  その他の損害

(1)  治療費

原告渋谷輝子本人の供述によると、亡渋谷富司の病院における医療実費として、同原告において金二七、〇〇〇円を支払済であることが認められる。

(2)  葬儀関係費用

原告渋谷輝子本人の供述の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし一二、第六号証の一ないし一五、第六号証の一六の一、二、第一六号証の一七、第七号証の一ないし八、第八号証の二の一、二、第九号証、第一〇号証の一ないし三、及び証人渋谷義男の証言、並びに原告渋谷輝子本人の供述の結果を総合すると、原告渋谷輝子は、亡渋谷富司の死亡当時から一年忌に至るまで、葬儀費用及び仏壇墓石購入費として、総額金三、七三二、四九〇円程度を支出したけれども、右費用中には四九日以降の葬儀関係費用を含むうえ、香典返し相当額としてはその全額を肯認しえないものがあり、仏壇墓碑の費用は耐久財で将来死者の遺族等のためにも使用される可能性があることなどを考慮して、亡渋谷富司の年齢、職業、家族関係、社会的地位、生活状況等の諸般の事情に鑑み、右のうち金八〇万円が社会通念上相当と認められる限度において、本件事故と相当因果関係にあり、被告の負担すべき損害と認めるのが相当である。

(三)  慰謝料について

前示認定事実のとおりであつて、本件事故当時亡渋谷富司は一家の支柱である者であり、本件事故の態様、結果に鑑み、同人の妻である原告渋谷輝子、その子である原告渋谷仁美、同渋谷明美は、同訴外人の死亡によつて筆舌につくし難い精神的苦痛を受けたものと認められ、右のほか、亡渋谷富司の年齢、家族関係、社会的地位等一切の事情を斟酌すると、原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては、合計金七五〇万円を下らないと見るのが相当である。

(四)  過失相殺

前記のとおりで、右(一)ないし(三)の合計金四一、四六五、四三四円について、その一割に相当する金四、一四六、五四三円が亡渋谷富司の被告に対する本件損害賠償債権であるということができる。

(五)  弁済充当

原告ら主張の請求原因事実中、被告会社は原告らに対し見舞金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、強制賠償責任保険金七、〇〇〇、〇〇〇円が支払われたことは、当事者間に争いがなく、前示損害賠償債権金四、一四六、五四三円から、右弁済金合計金八、〇〇〇、〇〇〇円を差し引くと、これが過払であることが明らかであるから、亡渋谷富司が本件事故により被つた損害として、原告らが被告に対して請求しうる金員は存在しないことになる。

(六)  結論

前叙の次第であつて、本件事故について、被告は、自動車損害賠償保障法に基づく運行供用者として、損害賠償責任があるとしても、原告らには、前記のとおり右金員の過払により、被告に対しこれを請求すべき損害はないことになるから、原告らが被告に対し、原告らが本件事故により亡渋谷富司の相続人として、同人の損害賠償債権を相続したことを前提とする本件損害賠償請求は、その余の判断をまつまでもなく、理由がないことに帰するから、原告らの本訴請求は、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清水嘉明)

亡渋谷富司の年度別給与年額表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例